
よくおいでくださいました🙇
ありがとうございます。
今週は『人となる道』最終回です。
しっかり頭に叩き込み「人」となるよう努めてまいりましょう。
人となる道、最終回は身口意の【意】
意の三善とは不貪欲(ふとんよく)、不瞋恚(ふしんい)、不邪見(ふじゃけん)
不貪欲・不瞋恚は三毒(貪・瞋・癡)の二つ貪・瞋から。
貪欲とは際限なく欲しがり、執着する心。
不貪欲戒を全うするためには、足るを知ること。満足すること。
もっとって思うことからもっともっとと貪る。
これでいい。これで充分。ありがたいなぁ。
心から思えば貪りは止むものでしょう。
これも我欲が強すぎることから起こる心だと思います。
人間なんてたいしたことはないんです。(謙虚に)
瞋恚とは怒ること。
怒ったところでなにがあるでしょうか❓
怒りはあなたの心を焼き尽くします。
側から見れば阿呆にしか見えません。
私は怒る=恥ずかしい。
このように思うようになりました。
怒ってた時は自分に正義があるように解釈します。
たとえそうであっても怒ったら正義ではなくなるんですね。
でも、叱らなければならないことはあります。
怒りではなく、叱る。
叱り方に注意が必要です。
また、怒ると心が乱れるんです。
つまらんことです。
他人の怒りなど巻き込まれることなく放っておくことです。
バカを相手にしても不毛ですから😆
最後に邪見。
邪な見方。自分に都合よく見てますから本当の姿が見えていない。
結局、邪見のまま物事を進めるとどこかで破綻するんです。
しっかりと真実を見ることです。
真実を見るとは対象が正なのか❓誤なのか❓
もちろんその上で正を選択するわけです。
たとえ自分に不都合であっても真実を見ること。
自分に不都合だとしたらあなたの思考が間違えている。
間違いに気付けば正しく見て、真実の中から正を選択することでしょう。
また、不邪見戒を犯す原因は肉眼で見える範囲のものだけで
物事を判断するから間違えるのです。
しっかりと目に見える範囲だけでなく考えながら真実を見ることです。
あなかしこ あなかしこ

これで、『人となる道』十善をお伝えいたしました。
不殺生・不偸盗・不邪淫(身)
不妄語・不綺語・不悪口・不両舌(口)
不貪欲・不瞋恚・不邪見(意/心)
仏教では身口意を三業(さんごう)と呼び、人間のあらゆる活動の基本とします。
業の結果が新たな業を生み、繰り返されるといわれます。
善い業は善い果を生じ、悪業は悪果を生じる(善因善果、悪因悪化)とされます。
ですから、気を抜くことなく、これからの生涯を善因で埋め尽くすことが目標となります。
実際に行動しなくても、悪い考えをするだけでも、悪因になります。
少しでもそのような思いが湧きそうだったら、かき消すことでしょう。
心に善を沸かし続けましょう‼️
それが修行です。
夏ももう少しです。(甲子園も終わりました⚾️)
私の夏は今年は随分前に終わっていましたが💦
季節は移り変わります。
人の思いも移り変わります。
十善を参考にまずは人となりましょう。
2026.8.23 南無阿弥陀仏
釋正信
今週の1枚📸(2026.8.22 5:40)廿日市大橋より

何気ない一枚ですが、よくご覧ください。潮目が一つの道のように・・・・
潮目が変わる。生き方が変わる。変化はある瞬間に起きるものと思います。
悪人がある瞬間から善人に😆
善い方向に変わって参りましょう‼️
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