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人は都合よく死ねない

日常と仏教

いつどうなるかわからない。
人の生死とはそんなものでしょう。

知人と連絡がとれません
約束をしてたのですが💦

SOSが飛び込んできました。
直ちに現地へ💨

部屋のインターホンを鳴らしますが応答がありません。

警察に連絡し「安否確認」を依頼しました。
警察の方が室内に入られ確認されたところ
すでにお亡くなりされてました。(🙏)

ご友人の方と当日一緒にお出かけの約束。
ご本人は死ぬことなど思ってもおられなかったでしょう。
生きとし生けるものとはそんなものです。

どの人も死は予定できないものです。
ましてや、自分に都合よくは死ねないものです。

その日は予定があるから、死なない。
そんな身勝手に死は決まらないです。

死には予定どおりがないのです。
それだけにいつ死を迎えても大丈夫な準備をしておくこと。

蓮如聖人は「白骨の御文章」でこうお伝えくださってます。
【人間の(命)が儚いことは、老少定まり(年齢の順番ではない)のないこの世界のならいです。
ですから、どの人も早く後生(死後)の一大事を心にとどめ
阿弥陀仏を深くお頼み申しあげ、念仏するのが良いでしょう。
このようにお伝えくださってます。

現代の私たちへの教えとして
いつ死んでも良いように毎日を精一杯、悔い無く生きる。
このように教えていただいてるのではないでしょうか。

人の死に接するとき
都合よく死ねないものだなぁ・・・・
いつ訪れる(死)かわからないけど必ずくる。
それであるならば今日この時よりしっかりと生きよう。
それぞれ考えてみてください。
普段の生活ではほぼ考えることがないことでしょうから🙏

shoshin
shoshin

元気なうちは死など自分には関係ない。
どこか遠い世界の話のように思っておられる方が多いです。
しかし、あなたは100%死にます。
いつかはわかりません。順番もありません。都合もありません。
だからいつ来ても大丈夫‼️なように準備を怠らないことです。
その準備とは・・・・それぞれお考えください。
私は準備万端です😄

2026.5.10 南無阿弥陀仏 釋正信

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